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梅核気(ばいかくき)の話

【健康管理コーナー, 建設業労働災害防止協会発行「建設の安全」11. No.388, p.20~21, 2002.】

 仕事が重荷になると、体のどこかの変調を自覚する人は珍しくありません。そうした症状の中では、肩こり、頭痛はよく知られています。動悸、胸痛、腹部不快感、腹痛などは内臓疾患を考えさせますが、明らかな病気がない場合にはストレスの関与が疑われます。漢方医学では、ストレスによる症状が身体のどこにでてくるかによって、薬が変わります。今回は、のどの薬である半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)についてお話しいたします。


(A氏)
 最近のどに何か引っかかっているんだよね、風邪かなあ?
 痰でもあるのかなあ?よし咳払いしてみよう!ゴホン!う〜ん何もでないなあ。
 じゃあ、飲み込んでみようか?ごくん!う〜ん、何も落ちていかないなあ。。。
 熱はないし、たばこも止めたし、どうしてこんなにのどにひっかかるんだろう?
 ひょっとしてのどの癌じゃないだろうなあ?

(耳鼻科医師)
 のどをカメラでよ〜く見ましたが、何もありませんでしたよ。

(A氏)
 え〜?何もないはずがないでしょう!?こんなにつっかえているんですよ!

(耳鼻科医師)
 でも異常はないのです。ご心配でしたら呼吸器内科へ行かれてみてはどうですか?

(呼吸器内科医師)
 胸部X線写真には異常はありません。甲状腺も問題ありませんでした。一度精神科でご相談なされてみてはいかがですか?

(A氏)
 トホホ、俺、精神的には問題ないつもりなんだけどなあ....。


 こういう症状を漢方医学では「梅核気(ばいかくき)」と呼びます。つまり、のどの気の流れが滞って、梅の種がのどにつまったように感じる症状です。あるいは「咽中炙臠(いんちゅうしゃれん)」とも言います。これはのどに炙った肉片があるということで梅核気と同じ意味です。
 精神科の古い教科書には、「ヒステリー球」として、ヒステリーの一症状として記載されています。ヒステリーでなくても、ストレスに弱い人にはよくみられる症状なのですが、一般的にはあまり知られていません。当センターにはストレスに弱い方が多数来院されます。初診時には250項目に亘る問診表を記録していただいておりますが、その問診表から調べますと、この症状は、軽度な例も含めれば、全受診者の4人に1人は自覚しているようです。残念ながら、今回A氏を診てくれた耳鼻科と呼吸器内科の医師はこの症状のことをご存知なかったようです。


 半夏厚朴湯は、半夏(はんげ)、厚朴(こうぼく)、生姜(しょうきょう)、紫蘇葉(しそよう)、茯苓(ぶくりょう)の五味を煎じて作った漢方薬です。生姜と紫蘇葉については食卓でお馴染みですね。生姜は、胃腸の蠕動運動をたかめて吐き気をとめ、魚の毒を消します。また風邪の薬として汗をかかせる作用もあります。紫蘇葉にも、同様の作用があり、また去痰鎮咳薬として用いられています。半夏は嘔吐を治す薬で、消化管に作用します。気分を静める作用は、厚朴と茯苓にありますが、ごく軽いものです。それが組み合わせの妙で、この五味が一緒になると、のどの不快感をとる強力な作用がでてくるのです。眠くなるといった副作用を呈することは決してありません。正常の人が服用しても何の作用もありませんが、のどの違和感に悩む人には劇的に効くものです。

 55歳の男性で管理職の方でした。3ヶ月前から元気がなくなって、心療内科で抗うつ薬を処方されて回復してきましたが、のどの違和感だけが残るため当センターを受診されました。会社ではいろいろストレスがあったのでしょうが、それについては何も聞かず、この薬を処方したところ、2ヶ月ほどかかって次第に改善いたしました。抗うつ薬とはまた違った効き方をするようです。

 70歳の女性で、一昨年よりうつ病と診断されて、内科にて抗うつ薬、狭心症の薬を処方されています。最近、心配ごとが重なると胸が痛むということで来院されました。症状をよく聞きますと、平生からのどに痰がからみ夜間よく目をさますそうです。また口が粘つくと言います。これはきっと梅核気に違いないと考えまして、半夏厚朴湯を処方いたしました。
 2週後、口の粘つきが軽くなりました。しかし、痰が胸につまるのは相変わらずで、夜間数回目をさますそうです。さらに服薬を続けて様子をみることにしました。
 4週後、胸の痰が減り、夜もよく眠れるようになりました。夜間尿も一晩に3回から1回に減りました。口の粘つきのみならず、口唇のかさつきまで改善いたしました。
 漢方薬はゆっくり効いてくるものというイメージが一般的ですが、からだに合っていれば、このように比較的速かに症状の改善が得られます。

 ぜんそくの患者さんは、発作がまたおきるのではないかという不安をもっている方が多くみられます。ぜんそく発作というものは誠に苦しいもので、くりかえしていくうちに次第に発作がなくてものどに不安感を覚えていく傾向があります。患者さんによってはその不安感だけでぜんそく発作を誘発してしまいます。半夏厚朴湯はそういうタイプの発作を予防し、かつ抑えてくれます。これに匹敵する薬は西洋薬には見当たりません。

 効く症状はのどだけではありません。ひどい肩こりの人、原因不明の胸痛をくりかえす人、嘔吐を伴うめまい発作をくりかえす人でも、もしのどに違和感のある方であれば、そうした症状が改善する可能性があります。しかし、腹の症状に効くことはあまりないようです。  鼻・のどに異常がなくて、タバコも吸わない方が、しょっちゅうのどを気に病んでいたら、それは梅核気かもしれません。そんな方はこのお薬を試してみてはいかがでしょうか。

 漢方薬には病院で医師により処方される医療用と薬局の店頭で購入できる一般用の2種類があります。一般用は安全を考慮して、医療用に比較して濃度がうすくなっていますが、軽症例であれば結構効くものです。お近くに適当な漢方医が見つからない場合には、薬局で相談されてもいいかと思います。
 一般に、漢方薬は自覚症状がはっきりしている場合には、比較的速く効果がわかるものです。特にこの半夏厚朴湯は2週間で効果を発揮いたします。それで症状が変わらなければ、処方が合っていないか、詳しい検査を要するかのいずれかですので、徒らに同じ漢方薬を飲み続けないで、あらためて医師の診察を受けることをお勧めいたします。(伊藤)

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